in my life

〜タカSHITとその生涯を追う〜(民明書房館より)
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | -
一年ぶりの修羅の国・日本でのスパ4AE2012その4
日本での8回目くらいのゲーセン。この日は豪鬼のマスターが一人、BPこそ25000くらいだがめちゃくちゃ強いバイソン使いとサガット使い、初めて見た元使いと僕。勝率はまあまあ。マスター豪鬼に4連勝したとき、特に負け確定だったときに相手の中足波動にUC割り込みで逆転したときは脳汁出ました(笑)。

もう時間的に日本でゲーセン行けそうもないので下手くそベガ使われなりのまとめ。

・しゃがグラはこすらない→2,3回投げられるのはあきらめる
・被起き攻め時にEXサイコに頼り過ぎない→むしろガードがかなり安定
・下段の攻めが弱いキャラ、及びグラ潰しが強いキャラには立ちグラこすり
・飛びを通してしまったら、一度小技をガードしてからEXサイコぶっぱ→かなり強い
・体力リードしたら容赦なくしゃがむ→こっちにゲージがあるとかなり要塞(笑)
・後ろ投げ→前ダッシュ→ちょっと待って飛んで表裏のセットプレイは超強い
・前投げからデビリバ派生ナシのセットプレイは、裏周りできるキャラには超強い
・日本は昇竜ぶっぱ率が極端に低いため、画面端でのダブニー固めを3~4セット余裕で回せる
・↑をある程度見せておくと、飛び防止の大Kや(EX)ヘッドプレスが刺さりまくる!

こんな感じかなぁ。なんか・・思いっきりウィキ等に書いてある内容ですね。ベガ様使い初めて3年くらい経つけど、ようやくウィキの内容を覚えた程度って感じ。道理でいつまで経ってもBPが25000行かないわけだ(笑)。

ということで、次に日本でプレイできるのは半年後かな。今でもあんまり流行ってない感じのスパ4AE2012。15年ぶりにハマったゲームだし、今では大事な趣味のひとつにまでなったので、アップデート等を繰り返してまた盛り上がって欲しいものです。ウルトラスト4はまだですか?(笑)

以上。
08:02 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
一年ぶりの修羅の国・日本でのスパ4AE2012その3
もうあと何日かでまた中国だ・・嫌だなぁ(´ω`;)

さて、ここ何回かゲーセンに全く人がおらず、まともにやれたのは1回だけ。でも、その1回はメンツが凄まじかった。サガットのマスター、春麗・リュウのマスター、殺意の他4,5枚マスターカード持ってる方、そして僕(そのときBPは20000切っていたw)の4人。

明らかに僕だけ格下なので、マスター同士で楽しんでる所に割り込むのは非常に申し訳なかったが、それでも僕には時間がない。それに、マスター同士じゃなきゃ対戦しちゃいけないなんていうルールもない。遠慮無くコインを投入し、遠慮なくフルボッコにされました(笑)。でも、意外なことに3回やれば1回くらいは勝てるようになってた。

僕と同BP帯の人が来てからは、勝率は5割まで回復。やはり「我慢」を覚えたのがデカイ。体力リードしたら容赦なくしゃがむ。クソゲーと言われそうだが、結構どのキャラも対策が進んだ今や、「いかにこの状況に持っていくか」がこのゲームのミソになってしまっている気がする。

さて、BPは20000ちょっとまでは回復したけど、日本にいる間に25000までは上げるのは無理だなぁ。やっぱり日本人強いわ(苦笑)。

あと一回ゲーセン行けるかな(´ω`)?

以上。
09:10 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
一年ぶりの修羅の国・日本でのスパ4AE2012その2
 日本に帰ってきて2週間が過ぎた。これで、前回と合わせて5回くらいゲーセンに行ったかな。とはいえ、「友達との待ち合わせの間にちょっと」程度が内2回であり、ちゃんとやれたのは1回。

BPがついに20000切ってしまった(´ω`;)

いや、他キャラで全7くらいの方がサブキャラでローズ使ってたんだけど、他の人があんまり乱入しないもんだから、「僕は日本にいる時間も限られてることだし」と連コしまくって、全部負けたのです(苦笑)。また、マスターブランカや僕よりBP高いサガットやバイソンにも勝ったというのに、僕より5000くらい低いBPの人に負けまくったのも痛い。

ちなみに、「待ち合わせの間にちょっと」のときは、すぐ席立てるようにノーカードでやっていたのだが、こういうときに限って9勝1敗と4勝0敗という好成績(笑)。もっとも、相手もノーカードだったけどね。

さて、ここまでの反省なんぞを書いていくと、相変わらず我慢ができてない。上手いベガ使いは、体力リードしたら容赦なくしゃがみ込むものだが、僕はつい攻め込んでうっかり暴れ昇竜食らってそのままUCでアボンみたいなのが多すぎた。あと、攻めがワンパターンになりがちだったので、もう少しパターンを増やしていかないとなぁ。

そうそう、どういうわけかVSタメキャラ戦の成績が異常にいい。相手がマスターだろうが何だろうが、勝率が軽く7割超えてる。グラマス以上とはやったことないのでわからないが。でも、逆に昇竜持ちに負けすぎ。これは、暴れに引っかかっちゃってるってことを意味するのかなぁ。もう少し考えてプレイしないと、マスターどころかBP20000以上キープも危うくなってきた(笑)。

以上。
13:49 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
一年ぶりの修羅の国・日本でのスパ4AE2012
 日本に帰ってきてもう1週間が経ってしまった。この間、ゲーセンに行けたのはたったの2日。日本は娯楽が多すぎて時間がいくらあっても足りない(笑)。

とりあえず言えることは、去年僕と大体同レベル〜僕より弱かったプレイヤー、あれから一年経ってみんなめちゃくちゃ強くなっててビビった。元々僕より強かったプレイヤーは、もう差が埋まらないほどになってしまっている。一年っていう時間は短いようで長く、継続していればちゃんと成長できる時間なんだなと実感した。

戦績は初日が9勝15敗、二日目が7勝13敗と大幅に負け越し(´ω`;)

バトルランクも「A」からとうとう「BBB」に(^_^;)

ただし、アーケードスティックが久しぶりの僕。コマンド精度に問題がありまくりだったのも否めない。特にダッシュがキチンと入力できず、投げからのセットプレイが強いベガなのに、それの成功率が極端に低いという。あと、「飛び道具をセビって前ダッシュ」、これも全然できてない。この一ヶ月、スティックに慣れるだけで終わっちゃいそうだなぁ(苦笑)。

もちろん、「僕も成長したな」と思える点もいくつかあった。

・被起き攻め時のEXサイコ逃げを減らした
・しゃがみグラップを少なくした

明らかに戦略に影響が出てるのはこの2つだろう。前者は初心者が陥りがちな行動だけど、もうベガ対策ってかなり進んでいるので、わりと起き攻め時にEXサイコを釣ろうとする人は多い。なので、実はガードが結構安定ってのに気づいた。ただ、そのぶんゲージが余ってる時間が長かったので、中間距離からホバーや大ダブニーをぶっぱなして攻め込んでみよう。

そして、しゃがみグラップも似たような理由。グラップを捨てて相手の行動を観察していると、実は「投げ:グラ潰し=2:8」くらいの人が多いことに気づいた。グラ潰しって決まると気持ちいいので、この気持ちはよくわかるけど(笑)。なので、被ダメージ効率を考えると投げを食らった方が安い場合も多い。もちろん、端での投げを喰らうと相手の投げの期待値はとんでもないことになるが。

続いてコマンド精度以外の課題。

・ゲージをもう少し使っていく
・もう少し我慢する

ゲージについては上述。2点目の「もう少し我慢」についてだが、リードしている試合の中盤から終盤、「何となく手持ちぶさただからクルージングした→相手の欲望行動からUCまでもらって死んだ」ってのが何度かあった。タイムアップも辞さない覚悟で待つくらいの気持ちも大事ですね。

一年ぶりに修羅の国でプレイしてみた感想はこんな感じかな。一時帰国もあと3週間。あと何回ゲーセン行けるかなぁ。

以上。
07:20 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
スト4との出会い その4
およそ15年ぶりの修羅の国・日本のプレイヤーたちは恐ろしく強かった。システムも理解し、「マスターくらいはあるだろう」と高をくくっていた僕の鼻は簡単に折られた。中国の某都市で一番強いKさんや他のゲーム好きたちも、日本だとせいぜい「マスター行くか行かないか」クラスだろう。

一時帰国中の一ヶ月で150戦くらいしたんだったかな。勝率は6割ちょっとくらい。BPは21000くらいまで上がったが、一度新宿(「修羅の国の首都」ともいうべきレベル)のゲーセンに行ったときには、BP15000くらいの人にも苦戦した。BP20000超えた人にはほとんど勝てなかった。ちなみにその日、全一本田のあきもさんと偶然バッティングし、恐れ多くも勝負させていただいたが、その強さにはびっくりした。軽い気持ちで振った立ち中Kにコパンを合わせられ、そのまま百裂→スパコンで死亡。

「あ、これが修羅の国の頂点、つまり世界の頂点なのか」と。

動画見ただけでは絶対伝わらない上手さがそこにはあった。

あれから一年。尖閣購入後、中国では反日思想が日に日に強まり、とてもゲーセンには行けなくなってしまった。それでも、Kさんの家で家庭用をやったりしながら、少なくとも腕は落とさないようにやってきたこの一年。いよいよ明日には一時帰国で日本だ。今回も目標は150戦以上。できるならマスターを目指したい。今後は、本ブログで「今日の戦績」、「今日の反省点」的なものを書いていこうと思う。

「スト4との出会い」シリーズ 〜完〜
14:39 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
スト4との出会い その3
あっという間に中国の某都市を制覇したKさんだったが、僕はというと、それまで使っていたザンギエフに限界を感じ、メインキャラを心機一転ベガに変えた。メインとして使うのは、おもちゃ屋でプレイした「スト2ターボ」以来だから、約20年ぶりだ。

EXサイコやベガワープによる鉄壁のディフェンス、火力こそ低いが高い機動力と長いリーチによるチクチクしたオフェンス。これがベガの基本スタイルだと思うが、これが僕にはピッタリだった。そして、僕もニコニコ動画でハリツカさんの初心者講座やくまベガさんの対戦動画を見まくった。セービングやセビキャン、グラップ等のスト4ならではのシステムも一応理解し、Kさんほどではなかったが、いつの間にか僕のベガもKさん以外にはほとんど負けなくなっていた。

だが今度は、この日本人二人の台頭が中国人のハートに火をつけたようで、久しぶりに対戦した彼らのレベルは恐ろしく上がっていた。それでも、Kさんが頭ひとつ抜けてたのは変わらなかったが、僕では到底かなわないレベルの人間が数人出てくるようになった。

その中国の某都市では、2013年の今でもゲーセンには「スパ4AE」しかないが、日本では「スパ4AE2012」がすでに出ていた2012年の1月。

ちょうど一時帰国の予定があったので、僕はこの2年で上達した腕を確かめるべく、

「修羅の国」、「ゲームの聖地・日本」のゲーセンへ15年ぶりに足を運んだ。

つづく

08:43 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
スト4との出会い その2
「水泳、自転車、車の運転は何年経っても忘れない」というが、ゲームのレバーさばきもきっとそうだろう。13年ぶりに使ったキャラクターはザンギエフだったが、普通に一回転コマンドは冴えに冴えた。「昇竜拳出せるぜ」レベルの素人には負けなかった。ある日、僕とちょうど同じ時期からその中国某地方都市に来ていた日本人の友達(以下、Kさん)も「ストゼロはずいぶんやってた」と言うので、ゲーセンに誘ってみた。レベルは大体同じくらい。そこらの中国人には僕ら二人揃って負けナシだった。

その中国の某都市にいる日本人は全部で200人ちょっと。参考までに他の都市の日本人数を書いておくと、北京には約7500人、上海にはなんと2万人以上の日本人がいる。さて、そのわずか200人の日本人の中で、「スト4が結構強い日本人」なんていうのは珍しい存在で、僕らはあっという間にゲーセンでちょっとした有名人になった。僕はヒゲを生やしていたので「ヒゲアニキ」なんて呼ばれたりして(笑)。

しかし、スト4独自のシステムもわからず、13年ぶりにちょっと触ったくらいで制覇できるほど中国のレベルは甘くはなかった。その某都市のゲーム好きが集まるゲーセンに、Kさんと二人で意気揚々と乗り込んだものの、結果はさんざんだった。

「何アレ?昇竜拳キャンセルしてウルコンやってたよ!?」

「っていうか、セービングって何!?強すぎじゃねぇの!?」

――等々、初めて見る高等テクニックに驚いた。だが、これが元々勝負事が大好きなKさんに火をつけることになり、ニコニコ動画(2013年の現在、中国ではもう見ることはできない)や「スト4ウィキ」で基礎を学んだKさんは、それから2,3ヶ月でその中国某都市の頂点に立った。

つづく
12:59 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
スト4との出会い
初めて「ストリートファイターシリーズ」をやったのは、確か小学校のとき。おもちゃ屋に置いてあった「スト2ターボ」のアーケード筐体だったと思う。当時の僕には、敵に当たると青く燃え上がるベガのサイコクラッシャーが異常にかっこよく映り、なけなしのお小遣いで何度かベガをプレイした。当時は、コンボなんてもちろんできなかったが、ただサイコクラッシャーを出してるだけで楽しかったのを覚えている。

中学に上がり、ヤンキーのカツアゲに怯えながらもゲーセンに通う毎日が始まった。「スパ2X」ではブランカ。「ストゼロシリーズ」では、リュウ・ケンはもちろん、ガイとか元とか超テクニカルなキャラも使ってたっけ。40連勝して、塾の時間だったので捨てプレイしたこともあったくらい腕も上がった。でも、当時は「ゲーム好き=モテない」ってのが一般的であり、さらに新しく出た「スト3シリーズ」の難しさもあり、いつの間にかゲーセンには行かなくなった。これが1997年。僕が16歳のとき。

そして時は2010年。あれから13年のときを経て、中国は最北端の某都市で、

再び「ストリートファイターシリーズ」にハマることになるとは誰が想像しただろう。

僕はというと、2009年の夏に仕事を辞めて以来、中国は某都市の某大学院生になっていた。さて、何しろ中国の地方都市。娯楽などはほとんど存在せず、そのとき付き合ってた中国人の女の子がゲーム好きだったこともあり、なんとなーくゲーセンに入り、やるゲームもなかった僕は、なんとなーく「ストリートファイター4(以下スト4)」をプレイした。「あぁ、いつの間にか『4』まで出てるんだ」などと思いながら。

つづく
10:13 | スパ4AE2012 | comments(0) | -
 1/1PAGES